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岡山地方裁判所 昭和25年(行)18号 判決

原告 水野喜一郎 外一名

被告 岡山県知事

主文

被告が昭和二十四年十月二日附をもつて別紙目録記載の山林につきなした買収処分の無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の山林(以下本件山林と略称する)はいづれも原告等両名の共有であるところ、被告は昭和二十四年十月二日附をもつて本件山林につき買収処分をなした。

しかしながら本件買収処分には次のような違法がある。

一、本件買収は法定の手続を履践することなくなされたもので、とくに原告等に対し買収令書は交付されていない。被告は本件買収につき買収令書交付に代えて公告をなしたというが原告等は永年にわたり肩書住居地に居住しており、「所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」の何れにもあたらないのであるから本件買収については令書の交付すらなかつたことに帰着する。

二、次に、本件山林は別紙目録記載のとおり合計十二筆に分れて分散点在し、その周囲の隣接山林と管理状況その他すべての点において同一条件であるのにかかわらずこれらの隣接山林をことさら除外し本件山林のみを抽出して買収したもので社会観念上著しく妥当を欠き、同一の事情にある者を極端に差別し、原告等両名の損害においてのみ不平等に買収した違法があり、仮りに右の不平等な取扱が被告の裁量権に基くものであるとしてもそれは著しい濫用である。

なお、本件買収当時原告等両名の共有山林は合計十五筆総面積三十町二反九畝一歩であつたが被告は右のうち、保安林である三筆を除外したのみで他の十二筆即ち本件山林二十八町七反八畝二十一歩(全体の約九割五分に当る)を本件買収処分に付したものである。

被告主張の事実中原告等両名が本件山林の所在町村に居住していないことはこれを認めるがその余の事実はすべてこれを争う。

以上いづれの点よりするも本件買収処分は違法であり、かつ右の違法は重大かつ明白であつて、無効の瑕疵に該当するからこれが無効であることの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中本件山林はいづれも原告等両名の共有であつたこと、ならびに被告が本件山林につきいづれも昭和二十四年十月二日附をもつて買収処分をなしたこと、本件山林の位置及びそれが原告主張のように十二筆に分散点在すること、ならびに本件買収当時における原告等両名の共有山林が合計十五筆三十町二反九畝一歩であつたが被告において、そのうち保安林三筆を除き、本件山林十二筆二十八町七反八畝二十一歩(全体の九割五分)を本件買収処分の対象としたことはいづれもこれを認めるがその余の事実はこれを否認する。と述べ、本件買収処分の適法性について次のとおり述べた。

一、本件山林は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三十七条に基きいわゆる代地買収されたものであるが、その手続は、先づ、昭和二十四年四月十九日岡山県開拓委員会において、本件山林につき審議の結果適地と判定され、次いで同年七月二十日被告の申請により、岡山農地事務局長の代地買収の承認を得、同年八月一日岡山県農地委員会が同年十月二日を買収期日と定めてこれが計画を樹立し、同年八月四日右買収計画を定めた旨公告し、同月五日から二十五日迄新砥村役場において、計画書を縦覧に供した。これよりさき被告は代地買収計画認可に関する同年七月二十日附の農林大臣の承認を得ていたので同年十月二日右買収計画を認可したものである。

しかして、被告は、阿哲郡新砥村農地委員会および川上郡吹屋町農地委員会を通じて、昭和二十四年十二月中旬頃、吹屋町役場において、原告水野喜一郎に対し、本件買収令書を交付したものであるがこれが受領証の提出がなかつたので、被告において、昭和二十五年二月二日附の岡山県公報に買収令書の交付に代る公告をなしたものである。

なお、本件山林に関する一切の権利行使は、原告水野においてこれをなし、同人は、本件山林の他の共有者である原告三村の代理権を常に有していたので、本件買収令書の作成にあたつては、便宜一括して名あて人として「水野喜一郎外一名」と記載したもの一通作成し、原告水野に対し、同人を原告三村の代理人としてこれを前記のとおり交付したもので、前記公告における名あて人の記載もこれと同一である。

二、本件代地買収の前提となつた買収処分は次のとおりである。

即ち、被告は、昭和二十二年十月二日自創法第三十条第一項第一号の規定に基き、阿哲郡新砥村大字田渕字長畝にある同村有山林五十二町七反五畝二十二歩を買収したが、この山林はもと同村引無および蓬畑両部落の総持でこれら部落民の薪炭林採草地として利用されており、右山林の所有権を新砥村に移転するに当つても右の利用を入会権として尊重することを条件とし、その後もこれを存続させていたので右の買収によつてこれを農地に関発すると入会権の存続が不可能となるので両部落民の農業経営上の必要から是非共適当な代地を買収して薪炭林、採草地としての利用権を確保しなければならないことになつた。そこで調査の結果右の村有山林中に入会権を有する者は二十五世帯でその必要な山林面積は四十五町四反六畝(うち薪炭林二反六畝、採草地四十二町八反六畝)であるがこれらの者の所有山林の転用等を検討勘案した結果、代地買収を特に必要とする者は二十二世帯でその必要面積は三十二町四反八畝二十歩であることが判明したので本件山林が右の代地買収の対象として選ばれたものである。

三、本件山林が代地買収の対象とされた理由は、調査の結果新砥村における在村地主所有の山林で本件山林とほぼ同様の山林も若干存したが本件山林はその所有者である原告等が村外居住者で採草地、薪炭林として使用していないのみならず管理人を置かないため山林経営が粗放になつており、かつ代地を必要とする前記の者等の農地にも比較的近距離にあり、これらの者の薪炭林、採草地としての利用が便利であつたことによるものである。

以上のとおりで本件山林の買収処分には何等違法はないから原告等の本訴請求は棄却せらるべきである。と述べた。

(立証省略)

理由

被告が昭和二十四年十月二日附をもつて、原告等両名の共有であつた本件山林につき買収処分をなしたことは当事者間において争いがなく、証人横田柏男の証言ならびに本件弁論の全趣旨を綜合すると、本件山林は自創法第三十七条の規定に基きいわゆる代地買収されたものでその手続は、昭和二十四年四月十九日岡山県開拓委員会において本件山林が適地である旨の判定をなし、同年七月二十日岡山農地事務局長による代地買収の承認を得たうえ、同年八月一日岡山県農地委員会が同年十月二日を買収期日と定めてこれが計画を樹立し、同年八月四日右買収計画を定めた旨公告し、同月五日から二十五日迄新砥村役場において計画書を縦覧に供し、同年七月二十日附の農林大臣の承認を得て被告において右買収計画を認可したこと、ならびに、本件代地買収の前提となつた買収処分として被告が昭和二十二年十月二日自創法第三十条第一項第一号の規定に基いて、阿哲郡新砥村大字田渕字長畝に存する同村有山林五十二町七反五畝二十二歩を買収したがこの山林はもと同村引無および蓬畑両部落の総持でこれら部落民の薪炭林、採草地として利用されており右山林の所有権を新砥村に移転するに当つても右の利用を入会権として尊重することを条件とし、その後もこれを存続させていたので右の買収によつて、これを農地に開発すると、入会権の存続は不可能となるので両部落民の農業経営上の必要から是非共適当な代地を買収して薪炭林、採草地としての利用権を確保しなければならないことになつたことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は、本件買収が社会観念上著しく妥当を欠き同一の事情にある者を極端に差別し、不平等に取扱つた違法がある旨主張するのでこの点につき按ずるに本件買収当時における原告等両名の共有山林は合計十五筆三十町二反九畝一歩であつたのに被告においてこのうち保安林三筆を除外したのみで新砥村内の広範囲にわたつて点在する他の十二筆即ち本件山林二十八町七反八畝二十一歩(全体の約九割五分)を買収処分に付したものであること、ならびに原告等両名が同村外に住居を有する者であることは当事者間に争いのないところであるがこれと比較して、成立に争いのない甲第一号証の一乃至六、同第二、三号証に証人大橋忠雄、同坂本隆男、同名越臥波の各証言並に原告水野喜一郎の供述の一部を綜合すると、(一)新砥村大字田渕地内の広間、池ノ成、高仁子、伴蔵、タカノス、岩嘉の各小字にわたつて分散点在する本件山林を除外するもなほ、右の地内には、個人所有および村有の各山林が合計三百四十五町六反五畝四歩存し、これらの山林の殆んどが本件山林の周囲を取り囲んでいる状況にあり本件山林の管理状況についても他の私有山林と比較して特に劣るというほどのこともなく、なお右のうち、同村外に住居を有する者の所有山林は、僅か十六町九反五歩に過ぎず、被告において本件山林以外の三百四十五町六反五畝四歩のうちから被告主張の代地買収の目的となるべき適地の全部若しくは一部を求めることはさほど困難とは考えられないのに、ことさら本件山林のみを集中的に抽出し、しかもこれのみをもつて右の代地買収の必要を充たしたものであつて帰するところ、本件山林を代地として選定するに当り、原告等両名が村外に住居を有する者であることを唯一の理由として、本件買収処分をなしたこと。(二)また、原告等両名から本訴が提起されたのでこの訴訟において被告が敗訴になると、薪炭林、採草地を失わなければならない不安のある前記引無、蓬畑両部落民のために新砥村当局は、昭和二十六年六月一日本件買収処分が無効とされた場合の対策を講ずるため岡山県当局と交渉した際国有林に所属換された同村小見山地区の山林三十二町余について、同山林は距離が遠いうえ、薪炭林、採草地として適地とはいえないが前記両部落の近隣のこれに適する私有山林がしばしば売山に出ているところから場合によれば小見山の山林を売却してその代価をもつて他の適当な山林を買い求める途もあり、或は交換分合によりこれを得る方法もあるので同山林を同村において払下げを受けこれをもつて本件山林に代えること。なお、右山林のみでは採草地として充分でないのでさきに未墾地買収に付された同村長畝地区の山林約五十町歩のうち予備地として売渡処分になつていない山林十三町余を右小見山地区の山林と併せて払下げを受けること等の協定をなしたこと更に本訴係属中両部落民の営農に必要な採草地は当分の間は各自において本件山林以外の山林から求めることとし、そのために要する費用の補償として県は昭和二十六年度分として金五万円を支給すること等の協定も結ばれ、その後両部落民に対し村において、昭和二十七年度分として金三万円、県において、昭和二十八年度分として金五万円をそれぞれ補償したところ、両部落民はこれに多少の自己負担の支出を加えて対価を支払つて附近の適地を薪炭林、採草地として利用するか、若しくは自己の山林を転用して一応の必要性を充たしていることまた本件山林以外の前記三百四十五町余に及ぶ山林のうちから適地を選定してこれを代地買収処分に付したとしても更にこれに代るべき代地が当然にその全部につき必要となるような事情もないことが認められる。以上の認定に牴触する証人横田柏男、同宝蔵哲夫の各証言は前掲各証拠と対比して措信し難く他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

しかして、自創法第三十七条の規定に基くいわゆる代地買収の場合において、さきに買収された未墾地等に代るべき適地を選択するに当つては従前の土地の位置、地形、土質、立木の種類等の諸条件を考慮してこれに代るべき営業上の利用に適当な土地を選択すべきであるけれども一方において、代地買収の相手方となるべき者の損失において公益社会福祉の増進を企図するものであるから当該代地買収の対象となるべき土地が多数必要な場合にはこれが相手方も当該具体的な事情に応じて右の行政目的に支障なき限り可能な範囲で多数の者を選択し、当該代地買収によつて蒙るべき損失を公平に分担させなければならないことは行政法上当然なことといわなければならない。しかるに本件買収処分においては前認定のとおり他にも多数の代地買収の適地を求め得るのにかかわらず、ことさらに原告等両名が村外居住者であることを理由にその共有にかかる本件山林を集中的に抽出し、同人等共有山林の約九割五分に当る本件山林十二筆二十八町七反八畝二十一歩をもつて代地買収の適地と定め、しかもこれのみによつて新砥村における代地買収の必要性を充したものであつて、同一の地位にある者を極端に差別し、原告等に対してのみ著しい不利益を負担せしめたものであつて違法の買収処分というのほかなく、かつ右の違法は重大かつ明白であるから本件買収処分は無効のものである。

以上のとおりで本件買収処分は無効であるからこれが確認を求める原告等両名の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林歓一 藤村辻夫 川端浩)

(別紙省略)

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